日本の労働環境 日本企業の病その2

前回に続き、日本企業が罹っている病について。
今回は、苦手なことを克服しなければならない病。

会社で「自分の苦手なことに挑戦しろ。克服しろ。」と言われたことは無いだろうか。なんと無駄なことか。苦手な分野を克服したところで、得意分野にまで高められることは稀だろう。
20点くらいしか取れない分野を頑張って30点とか40点まで伸ばしたとして、それほど価値は無い。なぜならば、40点以上取れる人は沢山いるのだから。それよりも、90点の分野を95点にしたほうがよほど価値がある。95点取れる人は希少なのだ。
これが学校の試験であれば苦手教科を克服することにも意味はある。30点の教科を50点にすれば総合で20点伸びるが、90点の教科を100点にしても10点しか伸びないからだ。しかし、仕事は学校と違って100点で頭打ちにはならない。それより上があるのだ。

日本企業における人材育成は、「すべての分野をそこそこ出来る」ことを目指していて、専門家を育てることは考えていない。
非常に単純化するため数学・国語・社会の3科目だけの学校に例えれば、数学90点・国語40点・社会20点という人材ではなく、数学50点・国語50点・社会50点という人材を育てようとしている。数学を95点にしようという発想は無い。
以前も書いたが、数学50点の人は数学90点の人を正しく評価できないので、あまり特定分野に突出していても困ってしまう側面もあるだろう。
もちろん、「複数分野をそこそこ出来る」人も会社には必要だ。複数分野の専門家から話を聞いて「そこそこ」理解し、融合させることができるのである。あとは、その融合した考えを専門家にフィードバックし、ブラッシュアップしてもらえばよい。
専門家が存在してこそ、「複数分野をそこそこ出来る」人も存在価値が上がるのだが、専門家を育てることが出来ないのが今の日本企業だ。
なぜなら、「自分の苦手なことに挑戦しろ。克服しろ。」が正しいとされる基準で評価されてきた人たちが権限を持っているのだから。そのような人は専門家を育てることが正しいとも思っていない。表向きには「専門家が必要」と言ってはいるのだけれど。

会社には色んな技能を持った人がいるのだから、苦手なことは他の人に任せる、という考えでよいのではないか。自分の得意分野で会社に貢献すればよい。そのためにも、それぞれの適性を生かした人材配置は非常に重要だ。