日本の労働環境 人材配置の問題その1

今回から、個々の適正を考慮しない人材配置について書いていく。
日本の会社においては、新卒一括採用で各部門に配属していくが、それほど適性を考慮していないことが多い。考慮している体ではあるが、不十分だ。
個々の適性に合っていない職種に配属されることは不幸であるが、役職者の場合は最悪である。

技術部門の方は共感いただけると思うが、技術知識の無い人が上司になると、地獄のような苦労が待っている。
何かを説明しようとしても、「なぜそうなるのか解らない。俺は技術者じゃない。技術者以外でも解るように説明しろ。」と言われることが非常に多い。
まったく基礎知識の無い人に「なぜ」を説明するのはほぼ不可能に近い。
たとえば、円の面積は半径×半径×円周率 だと説明したときに、「なぜそのようになるのか解らない。説明しろ。」と言われたらどうするのか。
相手に十分な知識があれば、「積分で説明できる」というたった一言で済んでしまう。ある程度の知識あれば、証明の最初の一行だけ書けばいいかもしれない。場合によっては証明をすべて書く事になるかもしれない。
もし、相手に積分の知識がなければどのようにするのか。たとえば、小学生に対して「なぜ」を説明するにはどうすればよいのか。少なくとも自分には不可能である。

 

では、この上司はどうすべきなのか。円の面積は半径×半径×円周率 だという専門家の言葉を受け入れるしかない。途中経過の「なぜ」はブラックボックスとして結果だけを受け入れるのである。
積分の知識はあっても、三角関数積分に「なぜ」という疑問が生じた場合には、その部分がブラックボックスとなる。そこは結果のみを受け入れるのである。
理屈が解らないけれども仕事において何かを判断しなければならない場合、実施した(しなかった)場合のメリット・デメリット・制約条件等を聞いて判断するしかない。判断する以外は専門家の言葉を信じ、任せきるのである。知識が不足しているのであるから仕方がない。
世の中には「なぜ」という部分が解らないまま使っているものなど山ほどあるのだから、専門家を信じればよい。

 

自分の適性が高くない分野の専門家の言葉に騙されないようにするには、自分自身が専門家レベルの知識を持つ必要がある。それは簡単ではない。信頼できる専門家を近くに置くほうが簡単だろう。
一方で、日本の会社は「専門家が必要」と言いながら、実態は専門家を必要としていないという矛盾もある。これはまた別のところで。

続きます。